「イヤー、知床は、あなどれませんな。エンドー君。」
「全くですな、嘉藤さん。」海はますます荒れてきた。
ぼくは、なんとなく海から目を離し大泉 洋(北海道の人気コメディアン)風に言った。
「じゃあ、今日は何かな?ぼくらの負けといいう事になるのかな?」
「じゃあ、風呂にでも行きますか?」エンドー君は、ノーリアクションでバッサリと切り捨てた。
逃げ足だけが自慢のぼくらは、とっとと荷物を車に積み、羅臼の熊の湯に、身を泳がせた。熊の湯は、国設羅臼キャンプ場の対面にある温泉で、無料の露天風呂なのだ。この風呂は、羅臼町の熊の湯を守る会(だったかな?)の人たちのおかげで、きれいに保たれており、地元の人々や、知床を旅する者達の憩いの場所になっている。湯の温度は、かなり熱く、観光客が「うわっ、アッチー!」と言っているのを地元民は、せせら笑うように見ているのだった。ぼくはそれを見て、負けてたまるかと頑張って入ったが、5分ともたなかった。クソッ、ここでも負け犬か…。
この熊の湯以前は、混浴だったらしいが、最近では、男湯女湯と分かれていて、女性も安心して入れるようになったわけだ。…チッ。
ひと風呂浴びて飲んだビールは、負け犬根性丸出しだったぼくたちのひねくれた心をトロトロに溶かしてくれ、今日1日何もしていないのにも関わらず、今日は充実した1日だったと思わせるのだった。う~ん、恐るべし!ビールの力。
国設羅臼キャンプ場を今夜の寝床と決めた。このキャンプ場は、長期滞在のライダーも多く、半ば、スラム化した感もあるところだ。中には、住所を持ち、実家から荷物を送ってもらったり手紙を届けてもらうツワモノもいるとか。キャンプ場自体は広々として、テント場のわきには、自炊用にカマドがあるなど、実に心憎い造りをしている。ぼくらは早速テントを建て、本格的に飲みだした。
「おっと、イカンイカンしっかりと明日の予定を立てねばだめだ。地図を出したり、天気予報を聞いたりしなければ。」と考える天使のぼくと、「オイオイ、なにを言ってるんだ、ビールにはツマミだろ。肉買って来てるんだから早く焼けよ。」という悪魔のぼく。酔っ払ったぼくが天使のいうことを聞くわけもなく、焼肉パーティーは、始まった。
この頃から役割分担は決まっていた。別に二人で決めた事ではなく、なんとなくこうなっていったのだ。基本的に、テントを建てたり、焚き火を起こしたり、というのはエンドー君の役目、飯を作るのはぼくの役目。という具合になっていった。これは、今でも続いている事だ。
酒も入り、腹もふくれ、すっかり満たされたぼくらに怖いものはなかった。「今日は、まあ、結果的に知床のやつに勝ちを譲ったかたちになっちまったな。」赤ら顔のぼくが吠える。
「イヤー、まっ、そういうことになりますかね。しかし、明日は知床のやつも油断しているだろうからそこが狙いでしょう。」赤ら顔のエンドー君も吠える。
「じゃあ、一応明日の作戦でも立てておくかい。」知床の本当の怖さを知らない二人のオバカな夜は更けていくのであった。
つづく。
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