Blue Holicな毎日。
海を漂いながら…、風に吹かれながら…、酒を飲みながら…、浮び沈む愚考を徒然なるままに。

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知床航海日誌1997 その七

 オバカな会話もそこそこに腹が減ったので、夕食にする事にした。きょうの夕食は、知床風トマトシチューに、ハムを焼いた。ぼくらが食べ始めようかとしたところ、またまた違う漁師のおっちゃんが、「オメラ、何食ってんのよ。」とのぞきに来た。

 「おー、うまそうなもん喰ってんでねーか。オメラ、カレイがあっども喰わねが。」
 「頂きます。」ぼくらは、ハモリながら間髪いれずに答えた。もらえるものは何でももらう、これが、Blue Holicの基本方針だ。特に、食い物に関しては、相手の気が変わる前に即答しなければいけない。ぼくらを殺すに刃物はいらぬ。毒の一つも盛れば良い。

 おっちゃんに手招きされるがまま番屋に入っていくと中は意外と明るく、ゆっくりとくつろげるスペースが多いことに驚いた。たぶん漁師さんの奥さんだろうおばちゃんが作ってくれたカレイの煮付けと、干物をくれた。これが、またべらぼうにうまい。生姜がよく効いていて、肉厚で、たぶん街中で食べると、しょっぱいくらいの味付けなんだろうけど、疲れた体には、その塩分が優しく染みた。

 初夏とはいえ、日の落ちた知床は結構寒い。焚き火の炎が心地よく実に酒がうまい。
 心地よく酒が回り、今日出来た手の豆がジンジンと、病んできた(北海道弁で痛いという意味)がそれすらもまた心地よく感じる。今、ぼくの回り全てが知床なんだなと肌で感じることが出来た瞬間、軽くジーンと来てしまった。
 「嘉藤さん。今日は最高でしたね。」エンドー君も今夜ばかりは、軽い感動を抑え切れないらしい。
 「ああ、明日も晴れれば良いな。明日に備えてとっと寝るか。」

 まず、ぼくらは食べこぼしを米粒1つ残さないように焚き火にくべ、残ったご飯と食料を防水バックに入れ、密封 し、それをテントから離れたところに置き、岩の中に隠した(おいしそうな匂いのする、燃えないゴミも同様に。)。熊よけ対策だ。最近は、知床を訪れる心無い人間の残飯やゴミが問題になっているそうだ。ぼくは、そんな心無い人間がシーカヤッカーで、しかも目の前でやられたらショックで泣いちゃうだろうなと思いながらかたづけをした。

 今回使用したテントはマジックマウンテンの1~2人用で、コンパクトなモデルだ。本当なら、もっと大きなテントを使った方が快適なのだが、風が強いかもしれないと思ってこいつを持ってきたのだ。このテントに大人2人が互い違いに横になり、脱いだ衣類などを回りに置くと、テントは、パンパンになる。

 「エンドー君、熊コロリは俺の枕もとに置いとくからな。」
 「ほーい、わかったよー。」眠そうな声がぼくの足元から聞こえてきた。
 寝る前に何度か熊コロリを打つ練習をしたが、不安でしかたがない。熊が出てきたらどうしよう。ウーン眠れぬ夜になりそうだ。などと考えていたらエンドー君のいびきが聞こえてくるではないか。恐るべし、まったく怖いもの知らずだなとあきれていたが、ぼくもそのいびきの音で、体の中のエマージェンシーランプが消えたようで、深い眠りに落ちていった。知床の夜は静かに更けていく。

 明けて、7月2日。すばらしい朝になっていた。無風快晴のすばらしいBlue Holicな朝だ。ぼくは、張り切って朝飯を作った。といっても夕べの残りを焚き火で温めなおしておじや風にするだけだ。朝飯が出来たので、エンドー君を起こす。
 「エンドー君、飯だぞ、起きろ。」
 「んっ、んあーー。おっ、嘉藤さんいい朝っすねー。」お、今日はおっさん化してないなと思ったら、いきなり歯を研きだし、ウオヴォォエーーと、やっている。やっぱりおっさんだ。

 ぼくは、基本的に朝飯は、しっかりと食べる方だ。どちらかといえばご飯派だが、パンも好きだ。まあ、朝はしっかり食べたい。カツ丼でも天丼でも、朝から完食す自信がある。しかし、エンドー君は、朝は少々弱いらしく、あまり食べない。その分ぼくがしっかり食べるので、朝飯は2合ちょっと必要になる(夕べのうちに炊いておく)。

 今日は、いよいよ岬越えだ。漁師さんたちの朝は早く、番屋にはあまり人がいなかったが一宿一飯の礼を言い、スロープをカヤックに乗って滑り降りた。昨日のうねりがうそのように穏やかな海は、軽いタッチでのパドリングでも、艇速がのびる。
 「イヤー,エンドー君よ、気持ちいいなー。」思わず笑みがこぼれる。何かにザマーミロと言いたくなった。
 「気持ちいいね、嘉藤さん。」エンドー君もパドルが軽そうだ。
 1時間ちょいで、通称"海賊湾"に着く。何かの本で、"はなはだ美しい入り江"と読んだので、是非立ち寄ろうと前から二人で決めていたのだ。
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海賊湾入り口「ウーン、謎めいてるぞ。」

 その美しさが尋常でないのは、入り江の入り口に入ったときからわかった。
 「おおー、なんかすげーぞ。」朝日に照らされた海面に20m以上もある崖が影をつけ、その崖の上に樹木が若葉をきらめかせている。なんだかすごく神聖な場所に入り込んだ気がした。ぼくらは口数も少なく、ゆっくりと入り江の奥へと漕ぎ進んでいった。
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こんなところは、ゆっくりと進んでいくのだ。
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入り江の奥には小さな川があった。
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 ぼくらは海賊湾の美しさにすっかりやられてしまい、入り江の出口で上陸し休憩をすることにした。あまりの天気の良さに、ぼくは、ドライスーツのジッパーを開け、湿ったアンダーウェアーを乾かそうとしていると。エンドー君も暑いのかジッパーを開けてくれと背中を向けた(エンドー君のはバックジッパーなので、自分で開け閉めしにくいのだ。)。

 ジッパーを開けると、なんとエンドー君は、中に綿のTシャツを着ているではないか、しかも襟元や、脇の辺りが少し濡れているだけ。ちなみにぼくのドライスーツは、ナイロンに防水コーティングを施しただけのドライスーツだが、遠藤君のは、中の湿気を外に出す透湿素材が入っているため蒸れにくい。それはわかっている。わかっているがこんな理不尽な事があっていいのか。ぼくなんかドライスーツの足首のゴムを引っ張ると、おしっこでも漏らしたのではないかと思うほど大量の汗が出てきたのに…。

 「アレ、嘉藤さん、びしょ濡れじゃないっすか、どうしたんですか?」クソー馬鹿にしやがって、ぼくは開けたジッパーを閉め直し、「開けてやらん。自分で開ける練習しろ。」と言った。
 「ヒデーヨ、嘉藤さん。いいもんね。俺は知床の海でひと泳ぎして来るから。」
 「アッ、バカ、やめと…。」ザッパーン。頭から飛び込んだエンドー君は、「うひゃー、つめてー。」知床の海は、夏でも泳ぐには冷たすぎるのだ。ウーン、"人間、後先考えず行動するとこうなるのだよ。"という見本のようなやつだな。仕方ないので、助け上げてやった。

 つづく。
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【2009/08/21 20:02】 昔話 | トラックバック(0) | コメント(0) |

知床航海日誌1997 その六

 再び出発。うねりも少し小さくなってきた、空も晴れ快適なシーカヤッキングが続く、ぼくらは、修学旅行の女子高生のように記念写真を撮りあいながら漕ぎ進んだ。大体30分に1回程度地図で現在地を確認し、1時間に1回5分程度の休憩を入れる。このペースなら、今日は、ルシャ川止まりだな。ルシャ川は、知床でも比較的大きな川で、ルシャ降ろしという、とんでもない風の吹き出す沢筋なのである。その風と来たら、それはそれは恐ろしくて形容する事も出来ないありさまなのだ(実際ぼくは、経験した事ないので、どんなものだか知らないのだ。)。
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 オバカなぼくらが写真を取り合うとこうなる…。

 それにしても、知床は、定置網の多いところだ。それだけ豊かな漁場だということだろうが、海一面に浮かぶオレンジ色のブイとロープには思わず閉口してしまう。最初は、ラダー(舵)を固定していたぼくは、ロープに引っかかってしまうので開放して進んだ。なるべく魚網の上は通らないようにしていても結構引っかかってしまう。それくらい多いのだ。知床を訪れたシーカヤッカーは、もっと人の手の入っていない場所だと思っていたけど、あの定置網にはまいったね。と、もらす人も多いようだ。

 案の定、4時前にルシャの番屋あたりについた。しかし、ルシャ川の川原は確認できたが、川が流れているようには見えなかった。とにかく上陸しようと二人は、番屋に向かった。
 番屋は比較的大きなもので、漁船を引き上げるスロープまであった。

 スロープの近くにいる漁師のおっちゃんに、「ここにカヤックを上げさせてもらって良いですか?」と聞いた。
実際には波の音が大きいので、「こーこーにーカーッヤックをー…」とずいぶん間延びして言ったのだ。するとおっちゃんは、表情をぴくりともさせず、「おう、ええんでないか?ちょっと待ってれ。」といい奥に消えていった。
 ぼくらは、戸惑い、顔を見合わせたが、おっちゃんはすぐに戻って着てくれ、「ええど、上がれ。」「ありがとうございます。」間髪いれずにぼくらは礼をいい、そそくさと上陸させてもらった。

 ぼくは、早速、疑問に思っていた事を聞いてみた。「あの、ここはルシャですよね。」
 「おう、そうよ、ルシャだ。」
 「さっきルシャ川を見たら、水が流れていないように見えたのですけど…。」
 「なーにはんかくさい事言ってんのよ。ルシャに水が流れてねかったら、日本中の川が、枯れちまうべや。」と力強く言った。あー、この人も知床が好きなのだなと思い嬉しくなった。

 番屋に近づいてみると、結構大きなもので、10人以上の人たちが寝泊りしているようだった。ぼくらが番屋から少し離れた場所にせっせとテントを設営し、夕食の準備に取り掛かっていると。さっきとは違う、ずいぶんとかっぷくのよい漁師のおっちゃんが来た。

 「おい、オメラそっだらとこにテント立てっでど、羆出てきて喰われちまうど。」ぼくらは、視線をおっちゃんからはずし、お互いを見つめあった。
 「そんなに頻繁に羆が出てくるんですか?」とぼくがきくと、おっちゃんは、涼しげに即答する。
 「羆だら、毎日のようにでてっど。それに、オメラのテントさたでであっとこ、羆の通り道だー。」
 「………。」しばらく言葉を失ったぼくらに、おっちゃんはぶっきらぼうだが優しく言った。
 「番屋のとなりに、倉庫があっから、その辺にテント立てればいいべや。」
 「え、いいんですか?」
 「おう、なんもよ。もし羆さ出たら、倉庫の中入れ、電気さ流してあっから羆も近寄れん。」
 「ありがとうございます。そうします。」ぼくらは、てきぱきと荷物を移しはじめ、番屋倉庫の隣にテントを移した。
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 豊富な流木に喜ぶエンドー君。右後ろに見えるのが立派な倉庫だ。

 「嘉藤さん、助かったね。」
 「本当だよな。」しかし、こんなに羆の影が濃いとは、またしても恐るべし、知床。
 「ところで、嘉藤さん例のアレ、まさか持って来てるよね。」
 「ああ、アレな、えーっと、実は手に入らなかったんだよな。」
 「ええっー、じゃーどうすんのよ。アレ無きゃやばいっしょ。」
 「心配すんな、エンドー君。このときのために、おれは、秘密兵器を作ってきた。」

 説明せねばなるまい。さっきからぼくらが、アレアレ言っているのは、実は、熊よけスプレーの事なのだ。熊よけスプレーとは、天然の唐辛子、マスタードなどを主原料に、作られた熊にも地球にも優しい?催涙スプレーのようなものなのだ。熊は、人間に比べ、格段に鼻がよい。その嗅覚は、犬並だとも言われ、嗅覚に感覚の大部分を頼っているといっても過言ではないらしい。そんな熊に唐辛子をパウダー状にした、毒霧を食らわしたらそれはもう大変さ。その効果ときたら生半可なものではない。

 その威力たるや、とあるアウトドアショップで誤射され、そのビルの1階から4階まで異臭騒ぎとなったとか、大阪の人が、公園で試し撃ちをしたところ、風下のダンボールハウスに住んでいたおじさんたちがもだえ苦しみ這い出てきて、こちらもあわや異臭騒ぎとなりかけたとか…。

 てなことで非常に強力に作られた熊よけスプレー、結構いい値段するのだが、今回は羆の巣窟知床に行くのだから是非買って行かなければと、二人で話し合い、ぼくは業者に発注書を流しておいたのだが、なんとメーカー在庫切れという事態で、入手できなかったのだ。しかし、ぼくは考えた。要は、辛いものを羆に発射し、羆の嗅覚を痛めつけてやればいいのだ。ぼくは、早速近所のスーパーに行き、鷹の爪を500gと、35度のホワイトリカーを購入し、隣のホームセンターで、圧縮空気で、15m飛ぶ水鉄砲を購入した。

 まず、果実酒を作る容器に山ほどの鷹の爪をワサワサと放り込み、ホワイトリカーをドッポンドッポンと注ぐ、2週間程浸けこめば完成だ。
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 これが”熊コロリ”だ!!!
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 「これで熊もイチコロじゃー!!」


 そしてその怪しくも赤い液体を容器に詰め、持って来たのだ。ぼくは、これは絶対にいける。もしかしてこれは製品化できるのでは?いや、製品化すれば爆発的に売れるね。間違いないね。よし、早速オリジナル商品企画書に書こう。と、企画書まで書き、自分の机にしまってあるのだ。今回テストして、ついでに苦しみ、逃げ惑う羆なんかの写真を撮って販促活動をすれば大ヒット間違いなしだ(まったく、人間というのは、欲が絡むととんでもない事を考え出すもので、動物愛護団体にタコ殴りにされても文句も言えないことを考えていた。)。

 ということは、ぼくのボーナスアップも間違いなし。ぼくはこの作戦を"ボーナス最大25%アップ大作戦"と名づけた。ぼくはこの作戦の成功のためにもこの秘密兵器を試さなくてはならないのだ。
 「おお、嘉藤さん、なかなか毒々しい赤い色をしてるねー。これは効くんでない?」
 「だろ。熊もイチコロって感じの色だろ。ん!?そうだ商品名は熊コロリにしよう。」
 「ガハハハー、熊メ、来るならこーい!!」エンドー君は機関銃を撃つまねをしていた。
【2009/08/18 10:28】 昔話 | トラックバック(0) | コメント(0) |

知床航海日誌1997 その五

 ぼくが上陸し、カヤックから出るとエンドー君がほうほうのていで海から上がってきた。
 「うー、しょっペー。ぺっぺっぺっ。」カヤックを引きずり、飛び散った荷物を拾い集めながらやってくるやつの表情は、明らかにヤラレタ時の顔だ。ぼくは、エンドー君のヤラレ顔が大好きで、思わず吹き出しそうになる。日焼けしたヒゲ面の汚い顔をクシャおじさんのようにし、そのうつろな瞳は、"ワタシハ、ヤラレマシタ"と物語っている。日本全国どこに出しても恥ずかしくない立派なヤラレ顔を見せてくれた。

 ぼくは、何か言葉をかけようとしたが、笑ってしまいそうなので、「じゃあ、俺が行って聞いてくるから休んでな。」と言って、砂浜の奥にある孵化場のほうに向かって歩き出した。途中に無残に壊れたシーカヤックがブン投げてあったので、シーカヤックをやる人は本当にいるようだ。人の気配があるプレハブを覗き込み、「すみませーん。どなたかいらっしゃいますかー?」すると、奥からウェットスーツを着た、短髪のいかつい体をした人が出てきた。ぼくは間違いなくこの人だと思い、いきなり話を切り出した。

 「今、カヤックで岬を目指しているのですが、この先はどうでしょうか(今考えると、しょうもない恥ずかしい質問をしたなと赤面しそうなのだが。)?」そんな的を得ない質問にもそのお兄さんは親切に答えてくれ、いろいろ情報を教えてくれた。
 ぼくはお礼を言い、砂浜に戻った(ちなみに、現在岩尾別からのシーカヤックなどの出し入れは完全に禁止されているので注意しましょう。)。

 「おーいエンドー君、そろそろ行こうか。」ぼくの声に振り返ったエンドー君は、まだヤラレ顔の真っ最中で、行きたく無さそうに言った。「マジですかー?」
 「マジもクソもあるか、ほら準備しろ、行くぞ。」ここで、和んでしまったら今日はここまでになりかねないので、間髪いれずに出航宣言をした。
 「上陸するよりは、楽に出られるから心配するな。とにかく波が来ようが何が来ようが、波に向かって漕ぎまくれ。」
 「わかりました。よーし、一丁やったるかー。ギャハハハーッ。」いいぞナイスだエンドー君。すばらしい単細胞的立ち直りだ。

 エンドー君をカヤックに乗せ、ぼくは後ろからそのカヤックを、海へ押し出した。「漕げー、そのまま漕ぎ続けろー。」エンドー君のカヤックは、大きな波の上を乗り越え、波の向こう側へと水飛沫をあげ消えた。そして、その波が消えた後、エンドー君は最高の笑顔を見せ漕ぎ続けていた。「よし、俺も行くか。」ぼくも、カヤックを出した。
 相変わらず、うねりが強く、隣にいるエンドー君が時々、うねりに阻まれて見えなくなる。知床五湖の断崖絶壁も返し波がきつくて近寄れたものじゃない。波の穏やかなときであれば、その壁をペタペタと触れる程近づけるらしいのだが、こんな日に、近づけば、間違いなくオロシ機のような壁にスリオロされてしまうだろう。ぼくらは海岸線から300mくらい距離をとって漕ぎ進んだ。               00000002.jpg
後ろに見えるのが、知床五湖の断崖

 知床は鳥の多いところで、種類も積丹周辺よりも多い気がする。見たこともないような鳥が、ぼくらの周りを飛んでいく。ぼくらは阿呆のように、口を開け、それを眺めていた。そのとき、ぼくらのはるか頭上を飛んでいる大きな鳥にエンドー君が気づいた。

 「嘉藤さんあれ、ワシじゃない?ん?あれ、多分オジロワシだよ。」
 「エー。オジロワシが夏に居るのか?ウーン、確かに尾が白いような気がするけど…。あーわかった、トンビだ、トンビ。北海道のトンビはでかいなー。」
 「あーそうか、トンビか、そういえば、カラスも北海道のやつはでかいもんなー。イヤー、それにしてもでかいトンビだ。」後日、環境調査会社に勤めていて、鳥にくわしい弟に聞いてみると、その鳥は、オジロワシだと言う。オジロワシは、知床に営巣しているらしい。オバカなぼくらはこのとき、知床の雄、オジロワシをトンビにまで格下げしてしまった。

 さらに漕ぎ進むと海の色が変わるポイントについた。「嘉藤さん、前見てよ。海の色が変じゃない。」
 「着いたか。ここが、カムイワッカの滝が海に流れ出すところだ。」カムイワッカとは、今でこそ観光ズレしてしまったが、滝壷が温泉になっていて、知床を訪れる観光客の最大の目玉になっている温泉なのだ。この温泉は、硫黄泉で海水と混ざると白濁し、それまで濃紺だった海の色が、流れ出しの場所だけちょっと乳白色のエメラルドグリーンになっている。なんともここだけ南海の様相ではないか。ぼくらは、そこで昼飯にしようと上陸した。
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写真の滝はカムイワッカでは無く別物。

 岩浜に上陸したぼくらは早速、お昼の準備をした。エンドー君はオプティマスのストーブ(真鋳製の灯油コンロで、壊れにくいのがお気に入り)に火をつけ、ぼくは、ホットサンドの材料を用意した。初夏の陽気の中(といっても、知床はまだ肌寒いが。)、広い浜で食べる昼食は最高の味で、ぼくは自画自賛しまくった。

 「イヤー、このホットサンドはうまいねー。シンプルにハムとチーズだけのところがいい。三ツ星つけてもいいね。こういうのをクロック・ムッシュと言って、…。」しゃべり続けるぼくにエンドー君は、「嘉藤さん、滝見に行こうよ。」話の腰を折られたぼくは不機嫌そうに、「行くか。」といい、立ち上がった。

 知床の川には河口がない。それどころか、中流域もない。なんせ、山からすぐ海なのだから、源流部から滝となってそのまま海へ流れ出すのだ。この、カムイワッカの滝もその良い例で、川全体が滝みたいなものなのだ。カムイワッカは、そのまま海へ落ちることはなく、いったん浜に落ちてから海へと染み出している。その水量は半端なものではなく、うかつには近寄れないのだ。
 「ウァー、スゲーナー。嘉藤さん、カムイワッカの湯にも入りに行こうよ。」
 「ああ、そうだな。」ぼくは、あまり乗り気でなく答えた。面倒くさかったのだ。
 「嘉藤さん、面倒なんでしょ。」ダハハ、簡単に見破られた。
【2009/08/03 09:49】 昔話 | トラックバック(0) | コメント(0) |

知床航海日誌1997 その四

 一夜明け、7月1日天気もよく、何となく昨日よりも、風が弱いような気がした。早速、朝飯を作り、エンドー君を起こす。
 エンドー君は朝が弱い。ただの根性無しのクセに自分が低血圧だと言い張る不届き者だ。
 テントからは朝の挨拶代わりに「ウンンッンーッ、ウオヴォェーー。」からあげ(空嘔吐)を繰り返す声が聞こえる。まったく、おっさんみたいなやつだ。ぼくがご飯をよそっていると、「アーッ嘉藤さん俺の玉子食べたでしょ。」と難癖をつけてきた。
 「ん!?朝から寝ぼけるのもたいがいにしとけよ。俺がお前の玉子を食べる訳ないだろ。」どうやら、昨夜の焼肉のときに、焼玉子を作るといって、生卵を焼き網で焼いていたのが見当たらないらしい。

 「どこに置いてたんだ、その玉子?」と、聞いている横で、カラスがバサバサッと舞い降りて何か突いているではないか。「あー、俺の玉子が…。」本当に悲しそうな声を出したので、ぼくは思わず笑ってしまった。
 「ほら、目玉焼き焼いたからそんなに落ち込むな。」まったく手間のかかるやつだ。
 腹のふくれたぼくらは、再び相泊を目指した。

 相泊港に着いてみると、なんだか風も弱く、海も静かに見えた。
 「よし、今日はいいんじゃないか?早速準備しよう。」ぼくらは車からカヤックを降ろそうとして、ストラップを緩めているとぼくらの後ろを肩からロープを下げた漁師のおっちゃんが、「今日フネ出すだら、死に行くようなもんだど。」と、スラッと言って通り過ぎた。

 「えっ……。」ぼくらは一瞬声を失った。
 「あ、あのー風が悪いのでしょうか?」スタスタスタ…。おっちゃんは何も言わずに通り過ぎて行く。ぼくの言葉は、風の中に消えた。

 ぼくらは無言のまま顔を見合わせた。
 「ウーン、あのおっちゃんは、言う事だけ言って行っちゃたなあ。」
 「おっ、嘉藤さんあそこにも漁師さんがいるよ。」
 「よし、俺が聞いてこよう。」網の手入れをしている田中 邦衛似の漁師さんに近づき、声をかけた。
 「こんにちは、ぼく達カヌーで出ようと思っているんですけど、今日は、時化そうですかね?」
 「んー、今日だら、岬の方さ行けば行く程風が強くなっから、やめた方がええど。」
 「じゃあ、ウトロ側ならどうですか?」
 「おー、ウトロの方のがええんでないか?」
 全く持って他人任せなぼくらは人の話を鵜呑みにするのが大得意だ(今、こんなことしてたらとんでもない事になってしまうね。あくまで昔話なので、御注意下さい。)。

 よし、ウトロだ。ぼくらは車をとばし、知床峠を越えてウトロの港に着いた。ウトロは、羅臼よりも晴れて、暖かい感じがした。これなら行ける。出航だ。しかし、観光船は欠航しているそうだ。どうやらうねりは強いらしい。まあ、考えても仕方が無い。だめならだめで、また尻尾巻いて退却だ。カッコ悪い意気込みで、ぼくらは、ウトロ港から出航した。

 港を出て、岩尾別に向かうと、すぐに、アスファルト道路が見えなくなり、知床半島の山なみが薄霞の向こうに見えてきた。ぼくは、長い間この日を待っていたこともあり、鳥肌が出て、ついついパドルを握る手にも力がこもった。
 「イヤー、嘉藤さん以外と感動しないもんだねー。」クソッテメー、人の感動を邪魔しやがって、こけろ!沈しろ!!沈んでしまえー!!!ぼくは、エンドー君に不幸が起こる事を心から祈った。

 1時間もしないうちに、岩尾別に到着。ここにあるサケマス孵化場には、シーカヤックをやっている人がいると聞いていたので、是非この先の情報をもらおうと立ち寄る事にした。しかし、岩尾別前の砂浜は、結構波が高く、波がブレイクしている(現在、岩尾別は上陸不可)。

 「エンドー君、お前これくらいの波のときに上陸した事あるか。」と聞くと、プルプルと顔を横に振っている。
 「じゃあ、俺がホイッスルを1回吹いたらバック、2回吹いたら前漕ぎ。これでいこう。」
 「わかりました。」まあ、多分無理だろうな。と思いながら挑戦させた。
 「ピッピー、行けー漕げー、本気で行かんかい。」最初は結構うまくいっていた。こんな、波の高い日には、波に乗らないように、ブレイクする波の上を漕いで行くのだ。しかし、また後ろから波がやって来るので、その波をバックストロークでやり過ごす。この繰り返しで、上陸するのだ。
 「ピッー、バックだバック。ピピッピー、あ、ヤバ、3回吹いちゃった。お、でも前漕ぎしてるよ。」なんとエンドー君は、無事上陸しようとしている。

 クソッ面白くねーなーと思っていたが、よく見ると。エンドー君は一生懸命漕いでいるのだが、引き波につかまってまったく進んでいない。次の瞬間、ドッパーンザザーッー。エンドー君の白いパフィンがもんどりうって艇のボトムを見せながら派手沈するのが見えた。ダッハハハハー。他人の派手な沈ほど見ていて胸のすくものはない。

 そうか、あそこは引き波が強んだな。ぼくは、その場所をはずして無事上陸した。よし、これから危なそうなところは、まず、エンドー君に行ってもらおう。エンドー君はこのときからBlue Holicの特攻隊長として活躍してもらうとぼくは勝手に任命した。

 つづく。
【2009/07/29 19:21】 昔話 | トラックバック(0) | コメント(0) |

知床航海日誌1997 その三

 さあ、これからどうしよう。ぼくらはBlue Holic家族会議を開いた。
 「イヤー、知床は、あなどれませんな。エンドー君。」
 「全くですな、嘉藤さん。」海はますます荒れてきた。
 ぼくは、なんとなく海から目を離し大泉 洋(北海道の人気コメディアン)風に言った。
 「じゃあ、今日は何かな?ぼくらの負けといいう事になるのかな?」
 「じゃあ、風呂にでも行きますか?」エンドー君は、ノーリアクションでバッサリと切り捨てた。

 逃げ足だけが自慢のぼくらは、とっとと荷物を車に積み、羅臼の熊の湯に、身を泳がせた。熊の湯は、国設羅臼キャンプ場の対面にある温泉で、無料の露天風呂なのだ。この風呂は、羅臼町の熊の湯を守る会(だったかな?)の人たちのおかげで、きれいに保たれており、地元の人々や、知床を旅する者達の憩いの場所になっている。湯の温度は、かなり熱く、観光客が「うわっ、アッチー!」と言っているのを地元民は、せせら笑うように見ているのだった。ぼくはそれを見て、負けてたまるかと頑張って入ったが、5分ともたなかった。クソッ、ここでも負け犬か…。

 この熊の湯以前は、混浴だったらしいが、最近では、男湯女湯と分かれていて、女性も安心して入れるようになったわけだ。…チッ。
 ひと風呂浴びて飲んだビールは、負け犬根性丸出しだったぼくたちのひねくれた心をトロトロに溶かしてくれ、今日1日何もしていないのにも関わらず、今日は充実した1日だったと思わせるのだった。う~ん、恐るべし!ビールの力。

 国設羅臼キャンプ場を今夜の寝床と決めた。このキャンプ場は、長期滞在のライダーも多く、半ば、スラム化した感もあるところだ。中には、住所を持ち、実家から荷物を送ってもらったり手紙を届けてもらうツワモノもいるとか。キャンプ場自体は広々として、テント場のわきには、自炊用にカマドがあるなど、実に心憎い造りをしている。ぼくらは早速テントを建て、本格的に飲みだした。
 「おっと、イカンイカンしっかりと明日の予定を立てねばだめだ。地図を出したり、天気予報を聞いたりしなければ。」と考える天使のぼくと、「オイオイ、なにを言ってるんだ、ビールにはツマミだろ。肉買って来てるんだから早く焼けよ。」という悪魔のぼく。酔っ払ったぼくが天使のいうことを聞くわけもなく、焼肉パーティーは、始まった。

 この頃から役割分担は決まっていた。別に二人で決めた事ではなく、なんとなくこうなっていったのだ。基本的に、テントを建てたり、焚き火を起こしたり、というのはエンドー君の役目、飯を作るのはぼくの役目。という具合になっていった。これは、今でも続いている事だ。

 酒も入り、腹もふくれ、すっかり満たされたぼくらに怖いものはなかった。「今日は、まあ、結果的に知床のやつに勝ちを譲ったかたちになっちまったな。」赤ら顔のぼくが吠える。
 「イヤー、まっ、そういうことになりますかね。しかし、明日は知床のやつも油断しているだろうからそこが狙いでしょう。」赤ら顔のエンドー君も吠える。
 「じゃあ、一応明日の作戦でも立てておくかい。」知床の本当の怖さを知らない二人のオバカな夜は更けていくのであった。

 つづく。
【2009/07/28 21:11】 昔話 | トラックバック(0) | コメント(2) |

知床航海日誌1997 その二

 ぼくは当時、某アウトドアショップに勤めていて、何とか店休と有給を駆使し、5連休をもぎ取った。まぁ、会社にとっては、良い社員ではなかったと言う事になるのかもしれないが、それはそれ、なんだかんだ言っても会社員が本気で遊ぼうとすると、その前には、上司に噛み付いてでも休みをもぎ取り、やるべきことは全て片付けて行かねばならない。それでも抜けた穴は、残った皆さんへの置き土産と、いうと事で、苦情や、ヤキイレは帰って来てから聞いてやろうではないか。ぼくは、相方のエンドー君の到着を待った。

 時は戻って1ヶ月ほど前、ぼくは、シーカヤッククラブBlue Holicの立ち上げツアーにはどこが良いだろうと考えた。しかし考えるまでもなく、知床に行くつもりであった。
もともと、ぼくがシーカヤックをはじめた頃に読んだ本に知床が載っていて、いつかホンマモンのシーカヤッカーになって知床岬を目指したいものだ。と夢見ていたのだ。

 早速エンドー君に電話した。
 「おい、エンドー君Blue Holicの初遠征が決まったぞ。知床だ。」
 「エェ!?知床ですかー?相手にとって不足はありませんねぇー。」なんだかえらそうだ。
 「お、おう、頼もしいな。じゃあ、予定は6月末頃だから空けとけよ。」と、いったノリで、知床行きは決まったのだ。

 エンドー君は、バタバタと乾いた轟音を立て黄色いホルクスワーゲン・ビートルに乗ってやって来た。これがやつの愛車だ。やつの荷物を降ろし、ぼくの車に移した。
 「ん?お前、なんか荷物が多くないか?」暗くてよくわからないが、ぼくの荷物より明らかに多いような気がした。
 「何いってんの。気のせいだって。」
 「ん?だったらいいけど。」とりあえず、早く出発したかったので気にしないことにし、ぼくらは知床に向かった。

 道央道をひた走り、石北峠を越え、北見市内に入ったところで、24時間サウナを今日の宿とした。出発のバタバタでのせいか、ビール1本で泥のように眠る。

 翌日、さわやかに晴れた朝になった。さらに知床を目指し、ひた走る。相泊に着いたのは、午後12時頃だった。ここで、お互いカヤックにパッキングをはじめる。すると、エンドー君はなぜか、1つの防水バッグに荷物をパンパンに詰めている。

 「おい、エンドー君。そんなに防水バッグに荷物をつめたら、折り返しが出来なくて水が入ってくるぞ(防水バッグは、最低でも3,4回折り返しをつけないと水が入ってくるのだ。)。」
 「イヤー、俺、これしか防水バッグ持ってないんだわ。」
 やつは、防水バッグは1つしか持ってないし、個人装備は、ぼくの1.25倍あるしで、防水バッグはパンパンに膨れていたのだ。
 「ウーン、しょうがない、俺のやつを1つ貸してやるよ。」心優しいぼくはエンドー君に防水バッグを貸し与えた。

 ここで、使用艇の説明しよう。ぼくのカヤックは、ノースウエストカヤックス社のディスカバー。高速クルージング艇で、積載容量も大きい。エンドー君のカヤックは、ニンバス社のパフィン。中型の艇で、日本で最も売れた名艇である。
 ぼくのカヤックのほうが積載容量が大きく、艇速が速いので、ぼくのカヤックに食料や、水など重いものを乗せ、パッキングを終了させた。
K_siretoko.jpg

 さあ、出航だ。ぼくの頭の中には、海賊小説の中に出てくるような、勢いのあるかっこいい文章が浮かんでいた。二人で、港のスロープからカヤックを滑らせ、海へ漕ぎ出す。荷を満載したカヤックは重く、ひと漕ぎひと漕ぎ、硬いパドルがしなった。
 港を出て北東へ航路を取る。さらにパドルに力を入れて漕ぐ。軽い緊張感のせいか、指先の神経まで研ぎ澄まされた気がしている。これから起こりうるであろうどんな困難にも負けないぞと自分に言い聞かせ、知床の海に対して始めに一発ガツンと食らわしてやるつもりだったのだ。

 その時だった、上空から吹き降ろすような強風に見舞われ、パドルを取られそうになる。
 「な、何だー?この風は、さっきまでは穏やかだったのに。」
 「嘉藤さん、あそこ、あそこ見てよ。」何か、見てはいけないのもでも見たような顔をしてエンドー君が指さす。
 やつの指す方向を見ると海面を叩きつける様に吹いた風が、そのままの勢いで空に舞い上がり、水飛沫をあげているではないか。まるで、太陽のコロナを見ているようだった。ぼくは不覚にもその美しさに目を奪われ、呆けてしまった。しかし、そんなにのん気なことしている暇もない。ぼくは、負け犬のようなカン高い声で、叫ぶ。
 「エンドー君、退却。」
 「ラジャー!!!」やつも、快く承諾してくれた。
 キャイン、キャイン。ハッハッハ。とりあえず、港に上がった負け犬2匹は、シッポをくるりとしまいこんで一服した。

 つづく。
【2009/07/27 21:32】 昔話 | トラックバック(0) | コメント(2) |

知床航海日誌1997 その一

 冷夏?冷夏なの?ビックリするくらい雨雨雨の毎日。買い物に行くとスーパーの冷蔵コーナーに近寄りたくない程寒い。

 なんだか楽しいことが見付からないのでブログも停滞気味。ネタがあまりにも無いので、昔話でも一つ…。

 Blue Holic誕生秘話って程のことも無いのだけれど…。Blue Holicは当初シーカヤッククラブだったのである。

 もともと、ぼくは出不精だ。「いやいや、そんなことはないでしょう。」と、人は言うけども、ホントーにぼくは出不精なのである。どのくらい出不精かと言うと、休みの日、特にやる事がなければ、1日中外に出ない。それどころか、外の景色すら見ない。こんな日のぼくに万歩計を付けたらきっと、50歩も歩いてはいないだろうし、もしかしたら心拍数もナマケモノ並かも知れない。

 さらに、車の運転も嫌いだからついつい近場の海にしか漕ぎに出ない。スキーは大好きだが、やはり車で20分位のスキー場にしか行かない。ぼくだって本当は、ニセコや、ルスツなんかにも行ってみたい。しかし人の運転でなければ面倒くさい。
 と、まぁぼくの出不精自慢を書き綴ってみたのだが、そんなぼくでも一念発起して遠出することがある。それは、仲間と約束したときである。

 そうか、出不精のぼくが遠出したり長い旅に出るためには、仲間が必要なのか。と気づいたのが、1997年5月の初めだった。そうだ、シーカヤッククラブを創ろう。なんとも自分勝手で、純粋な理由ではあるが、そう決めたのだ。

 まず、形から入るぼくは、クラブの名前を考えた。趣味にのめり込むという事は、ある種の中毒性があるというのがぼくの持論である。○○中毒と言う名前を付けたいな、と漠然と以前から考えていたのだ。中毒は英語でジャンキーなのかなと思って辞書を調べたが、ジャンキーとは、ガラクタとか、クズ鉄と言った意味だった。では、中毒とは英語でなんていうのだろう。いろいろ調べた結果、ワーカ・ホーリック(仕事中毒者)という言葉を思い出した。
 そうだ、ブルー・ホーリックと名付けよう。なぜかすんなり決まってしまった。    

 空の青、海の青、確かにぼくはそれを求めてシーカヤックに乗り込んでいたような気がする。空が晴れているだけで、鼻歌を歌い小躍りを踊りだす、先天性能天気野郎のぼくにはちょうどいい名前ではないか。

 さあ、次は、ロゴだな。ぼくは、子供の頃から、海賊が好きだった。テレビアニメの"宝島"や、"キャプテンハーロック"などは、ぼくにとってバイブル的存在である。ぼくは子供の頃、海賊になりたかったのを思い出した。よし、海賊旗にしよう。ということで、デザインが決まった。
flag.jpg
 こんな拙いロゴを恥ずかしくも無くさらしていた訳だ。

 そして、仲間だな。これについては、すでに1人心当たりがいた。積丹の牧場に勤めている男で、エンドー君という。酒飲みで、頭の回転は速いのだが、どうもそれを全く有効利用していない、気さくなお調子者が居るのだ。

 早速こいつに電話をしてみた。
 「よう、エンドー君、実は俺シーカヤックのクラブを創ったんだけど、ドーヨお前、入らない?」
 「オォー、いいねェ嘉藤さん。やりましょーよ。」よし、いいぞいいぞ、ナイスだエンドー君。ぼくは、すばらしい仲間を獲得した。
 こうして、ノリのいい(ノリだけ?)シーカヤッククラブBlue Holicはまさに、大海の小船のようにゆらゆらと、船出してしまったのである。

 つづく。
【2009/07/26 20:45】 昔話 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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